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相続遺言コラム「生き別れの子のある一人暮らしの高齢者の遺言」2014年5月執筆

  相続専門のファイナンシャルプランナー・行政書士の中野庸起子です。このシリーズにおいては「公正証書遺言書について」「生きている間にもできるけれども、遺言でもできること」「生きている間にはできないので、遺言に書かなければ効力が生じないこと」「遺言に書けるけれども法的な効力はないこと」について順にお伝えしました。今回は、とある一人暮らしのご高齢の女性が公正証書遺言書を残すに至った心の動きと当方がどのようにサポートしたのかをお伝えします。

 今後の高齢化社会の加速、子どもの数が少なく子どもと接点を持たない高齢者が増えること、離婚と再婚による子どもとの関係希薄など、昨今では「家族」 「親族」といっても複雑な人間関係が増えていると、相談をうけて実感しています。民法では「法定相続人」「法定相続分」と言って、法律上誰が相続人になるのか、遺言などがなければ法律上どのように遺産が相続されるのかの分配方法が決まっています。

 最近ではライフスタイルの多様化により、一昔前とは違い、必ずしも親と子が一緒に住んだり、交流をしながらお互いが別世帯で住んで、子が親の療養看護や生活サポートをしているわけではない親子、離婚再婚により、自身と血のつながっている子どもと連絡がとれない、生き別れ状態という高齢者の相続問題が浮かび上がっています。そんな高齢者から、相続への不安や一人で最期を迎えることの不安のご相談を受けたとある例をから、専門家として、このような場合の備えが必要であることと、このような場合の心のサポートも今後必要ではないかという視点での提言をいたします。

  80代の一人暮らしのお年寄りの女性Aさん。Aさんはもう50年近くもお一人で暮らしてきたとのこと。自身で美容院を経営し生計をたてて、経済的には困らず、友人らとの交流が唯一の拠り所だったそうです。毎日が楽しそうに見えるAさん、初めてお会いした時に「実は・・・・・」と自身の人生を語りだしました。

「実は50年前に主人と離婚してね。離婚の原因は主人のまわりの親戚と私とがうまくいかなかったことなの。まだ1歳の子どもがいたんだけど、私は家を追い出されたの、あの時代は女性が男性にものが言えない社会だったから、私は泣く泣く出ていったの。それから一度も子どもとは会わせてもらえないの。」

 辛そうに話すAさん。続いて聞いてみると、10年前、そのお子さん(Bさんとします)に一目会いたいと願い、親戚のおかげBさんの居場所を知ることができました。するとBさんもう40歳を超え、子どもを産んで家庭をもっていたのです。電話番号を知ることができ電話をかけたところ

「 あなたのことは母親だとは思っていない。私を捨てて出ていったんでしょ?もう2度と電話なんかしてこないで。あなたの財産はすべて要りません。とにかく親子の縁は切ったも同然」とBさんから。

 Aさんが家を追い出されてから、Aさんの元夫はBさんに母親であるAさんのことを悪くばかり話していたため、まだ幼かったBさんは真実を知らずに母親であるAさんのことを恨みながら育ったそうです。その後は母親と呼べる人がいないまま、自身が成人し家庭をもち現在は経済的にも精神的にも幸せな生活を送っているため、今頃実の母親であるAさんがBさんとの交流をしたいと言ってきても、煩わしいだけだったのでしょう。

 ところで、Aさんは元夫と離婚後、再婚はせずBさんのほかには子どもは産んでいないのですが、もし万一Aさんが遺言書を残さず亡くなった場合の相続人はどなたでしょうか。実はそのたったひとりの子であるBさんのみです、Aさんの財産はプラスの財産もマイナスの財産(借金など)はAさん死亡と同時にBさんが引き継ぐのです。ということは、BさんがAさんとは縁を切りたいと思っていても、法律上はBさんはAさんの相続人です。

   BさんがAさんの財産を一切引き継ぎたくない場合は「相続放棄」という手続きがありますが、これはBさんが、「Aさんの死亡の事実を知った時から3か月以内に裁判所へ申述することによって」できますので、Bさんが書類を整えてみずから裁判所での手続きをしなければなりません。もしAさんに遺言書がなかったら、相続放棄という手続きをしない限り、Bさんは法律上財産を取得するのです。Bさんはおそらくそういう手続きをすること自体煩わしいと考えているかもしれません。「財産は要らないから関わりたくない」とBさんが願っていても、法律上決められた手続きをしなければBさんは関わらざるを得ないのです。

では、Aさんの死後Bさんが相続放棄手続きをしない場合に残されたAさんの財産はどうなるのかということです。

 Aさんは実は、20年ほど前からAさんのお姉さんの子ども、つまり姪(Cさん)との交流がありました。自身が年老いてきたため、何かと生活のフォローをCさんに依頼していました。私が直接Cさんから聞くところによるとCさんは、実はこのようにAさんのサポートをするのは気が進まなかったらしく、自分の親(つまりAさんの姉)がAさんのことを気がかりにしながら亡くなったため、その遺志を継いで、最低限のみAさんの世話をしておくにとどめたいとのことです。現時点ではCさんはAさんの相続人にはならず生き別れのBさんにすべての財産が渡るのにどうして自分がAさんの世話をしなければならないのかという本音があるのです。

    Aさんは、実の子であるBさんは財産をもらってくれない、Bさんには真実を知ってもらえない、ほかに財産をもらってほしい人と言えばCさんであるが、Cさんの本心には気づいているので、Cさんに全財産を渡す気にはなれない、少しは渡さざるをえないが、残りの財産は誰にあげたらいいのかわからないという悩みで毎日苦しんでいるとのことでした。財産の問題だけではなく、自身の死後、自分は誰がどこのお墓に入れてくれるのかについても、不安で仕方がないとのことです。

 そこで、私はAさんに公正証書遺言書を残すことを提案しました。遺言でBさんとほかの親戚へ財産を取得させる遺言書を残したうえで、生前に自分のお墓のことも頼んでおけば、親戚一同がAさんの死後事務もすべておこなってくれるのではないかと考えたからです。もし遺言書がなければ、死亡と同時にBさんが全財産を引き継ぐため、親戚といえどもAさんの財産の処分権限がなく、手元の少額の資金でさえもほったらかしにせざるを得ないでしょう。Aさん自身のためだけではなく、残された周りの者のために遺言書を残しておくべきだと提案したのです。

 しかしながら、Aさんはその後1年以上悩み続けました。遺言書を残しておくほうがいいことはわかっていても、それをすることによって、子とその子(つまりAさんの孫)との信頼回復の可能性を完全に絶ってしまうことになることへの不安との間で揺れ動く気持ちを、私に何度も話してくれました。

 結局Aさんは公正証書遺言書で、「預貯金は○○へ、不動産は○○へ」というように財産ごとに取得者を決めました。お墓のことは、生前にお墓の住職に永代供養の申し出を済ませました。

 最近会うAさんは、晴れ晴れとした表情です。サポートをした専門家である私はいまだに「本当にこれで良かったのか」と自問自答し続けています。私がAさんが生涯を終えたあとでその答えが出るのかもしれません。

 やはり「相続」が「争族」ではなく「想族」となるためには、揺れ動く高齢者の心もサポートしていける専門家がこの世の中には必要ですし、専門家ではなくても親戚一同が「想族」の気持ちで過ごしていける日常を願ってやみません。

※このコラムの著作権は中野庸起子 に帰属します。無断転載 無断使用を禁止します。

Yukiko Nakano

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